日本人の「利他的遺伝子」 『致知』第二十一回生命科学研究者からのメッセージ


人間には誰かの幸せや喜びのために生きようという「利他的遺伝子」が備わっているというのが村上和雄の持論です。

 二〇一九年の一二月アフガニスタンで医療や人道支援に尽力していた「ペシャワール会」代表の中村哲医師が、現地で銃撃されて亡くなりました。享年七十三歳、志半ばでの悲報でした。一九八四年、ハンセン病の根絶のプロジェクトに参加した中村医師は、その後、診療所を開設して現地の医療に貢献していました。やがて彼は「医療よりもまず水だ」と医療活動を超えた復興支援を決断し井戸掘りを始め、二〇〇三年からは「百の診療所より一本の用水路を」と、用水路の建設に挑みました。しかし、彼らの人道的支援活動に対する脅しが激しくなり、彼は日本人スタッフを全員帰国させ、たった独りで現地に残りました。

命を使うと書いて「使命」といいます。中村医師の活動はすべて医療が原点ですが、医師としての活動を遥かに超え、まるで与えられた使命を果たすかのように行動し続けました。

彼の生き方は、アフガニスタンの人々と多くの日本人の「利他的遺伝子」をオンにした、と村上はいいます。

一方、この三月で東日本大震災から十年が経ちます。あのときこの国を覆っていた重い空気を、今でもありありと思い浮かべることができる人は多いのではないでしょうか。あの震災は日本人にとって忘れられない辛い経験です。しかしながら、あの頃私たちは何度も「絆」という言葉を聞き、心の中で繰り返していたのではないでしょうか。

台湾の『看雑誌』には、次のような記事も紹介されています。「大地震の発生後、日本国民は乱れることなく冷静さを保ち、マナーのよさは日本社会のよさを表し、他国で見られがちな混乱や秩序のなさ、強奪といった問題行動は一切見られなかった。危機のなかにおいて、法に従い、秩序を守る気高さこそが、日本人のすばらしい国民性をより顕著に表していた。これは、国際メディアがこぞって絶賛している点である。(中略)いったい、どんなパワーが日本人のこういった高度な秩序と自制力を成しえるのだろうか」

 日本人同士で日本人はすごいと褒め合っても説得力がありませんが、こうやって外国の方が感嘆の声を上げてくださると、私たちは自分たちが日本人であることに喜びを感じることができます。    私たちは日本人として、もっともっと胸を張って歩いていいのです。先の震災は、本当に悲しい出来事でしたが、その半面、日本人の素晴らしさを引き出してくれたのではないでしょうか。人間というのはこんなに温かかったのだと思えることが、震災後には山ほどありました。人間が持っている利他的遺伝子が、震災という大きな刺激を受けてONになったことで、そういう感動がたくさん生まれたのです。

 私は、震災によって多くの日本人の利他的遺伝子がONになったと思います。その出現の仕方に違いはありますが、少しでも人の役に立ちたい、社会のためになりたいと誰もが考えたはずです。そして、日本という国が、利他の心を目覚めさせていく大きなきっかけとなったのではないでしょうか。できることなら、こういう大災害が起こった時ばかりではなく、どんな時でも、利他的遺伝子をONにしていければ素晴らしいと思いますが、災害にも様々な側面があることを私たちは教えられました。

ちょうど1年前の「致知」に掲載されたメッセージですが、現在新型コロナという災厄に見舞われている私たちにとって、どう生きていくのか、を改めて考えさせてくれると思います。