No.7 「米、再考」コメは世界の主食です


村上和雄先生といえば「笑いと遺伝子」の研究で一般の方に広く知られて
いますが、コメに関する研究でも多くの成果を上げられました。

なかでもイネ・ゲノム解析は、アメリカとの国際競争でしのぎを削る国家
プロジェクトであり、先生にとっては、身も心も削られるほど過酷なもの
であったと聞きました。

しかし、「イネは、イネだけはなんとしても日本人の手で」という強い思い
をもって日本チームがその研究を完遂した、と伺ったとき、米が日本人の魂
と深く結びついていることを感じさせられました。

村上先生は、もともと京都大学の農芸化学のご出身であり、その恩師に
満田久輝先生がいらっしゃいます。

満田先生はビタミンCの定量法、ビタミン強化米、米の貯蔵法など数々の発明や
研究の功績を残され、数多くの受賞歴をお持ちの研究者です。
その道では大変ご高名な科学者ですが、一般の方にはあまり知られていないと
思います。(たいていの科学者はそうです)

最近、満田久輝先生のご著書『「米、再考」コメは世界の主食です』(初版1993年)
を読ませていただき、満田先生の先見の明、ユニークで大局的視点、高潔なお人柄に
魅了されました。(ちなみにこの本の聞き手は筑波大学教授時代の村上和雄先生です)

現在日本の食料自給率は40%を切っています。食料自給率にもいろいろと難しい計算
方法
があって、一概には述べられないのですが、食料の多くを輸入に頼っている日本
において、
コメは100%自給できる、最も大切な食の要といえます。
そして、コメは単なる食料ではなく、
日本人の文化や環境、宗教、生き方にも影響を
与えてきた特別なものであることは間違い
ありません。

特に素晴らしいと感じましたのは、産油国にむかう日本の石油タンカーにコメを積んで
途中の飢餓に苦しむ国にコメを現物で支援し、空になった
タンカーに石油を積んで帰って
くればいい、と書かれているところです。満田先生の発明された炭酸ガス封入密着包装法
ならばコメの品質を落とさずにそれが容易にできるうえ、真の人道支援といえる発想では
ないでしょうか。

本書をご紹介するにあたって、農水省のHPで日本の食糧事情に関する記事を読みました。
(是非、読んでみてください)↓

https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/ohanasi01/01-03.html

国という大きな単位での方向性を変えることは容易でない、と痛感いたしますが、
事態がひっ迫しているように感じられる今、食卓にのぼるおいしいごはんが辿って
きた道のりと未来を
、満田先生の提言とともに、考えてみてはいかがでしょうか。

「米、再考 コメは世界の主食です」集英社 からの抜粋です。
・・・本書は下記の提言から始まっています。

 

  提言 

荒れ果てた休耕田の片隅にたたずんで、かつての瑞穂の国が「コメまで買え」と迫られ
ているこの現況に対して、ひと言提言したい。

アメリカ、否、米国からは、永年、小麦、大豆、濃厚飼料をはじめ多くの食糧を購入して
いるわが国の食糧自給率は、今や世界最低である。
まさに、薄氷、バブルの上に一億二千四百万人の日本人が右往左往している感が強い。

今、われわれは、改めてコメを考えるのではなく、稲作、水田を考えなければならない。

環境汚染が地球規模で盛んに論議されている時、わが領土から水田が激減したら、取り返し
のつかない状態になり、日本人の心は、すさみ果てるに違いない。
水田に代わって工場が林立し、団地が増築されたら、人間、動物の呼気の浄化はいったい
どうなるのか。
時に慄然たる思いにかられる。

水田は今さら言うまでもなく、雨水を一定期間、保水してくれる。この水をダムで蓄えよう
としたら、大変な工事が必要である。豪雨の時も、各地に水田があるからこそ、都市は直撃
されずに済む。これらの効能を金銭の多寡で表わすとすれば、莫大な金額になるはずである。

一方、稲の緑は半年近く日本人に心のやすらぎを与えてくれている。
例えば、車窓から
眺めるのどかな農村風景、この精神安定効果は無限大と言ってよい。

安全保障、さらには国土の環境保全の点から、コメの輸入は徹底的に拒否しなければならない。
先年のペルシャ湾の大空襲、イラク、クウェートの激戦、気化爆弾など新兵器の出現の報道を
静視する時、多くの人たちは水、食糧の重要性を改めて再認識されたことと思う。

石油はなくても、人間は生きていける。一滴の飲料水の大切さ、食糧備蓄の緊要性を痛感
した次第である。冷害、台風は周期的に襲ってくるものである。もし、備蓄を怠ってコメが
不足する事態が生じた時は、前例にならって隣国(韓国)にお願いし、緊急輸入する一方、
農家に礼を尽くして休耕田を速急に緩和し、早場米を増産し、その危機を切り抜けることだ。
コメの市場開放は慎重にすべきである。

しかし、万に一つ、最悪の事態になった時は、巨額の外貨の黒字を減らすためにも、最小限
の外米を購入し、日本の船で運び、日本から二〇〇海里の沖合まで搬入すること
である。

そして、日本の国土には上陸させず、輸送中のコメの品質劣化や虫害を防止するため、
炭酸ガス封入密着包装法を行い、ドラム缶または積層フィルム袋に外米をつめる。

それを、タンカーに積みかえ、産油国へ向け出港する。途中、飢餓に苦しんでいる開発
途上国の人々に恵与し、人類福祉に貢献することだ。

国際協力甚金など莫大な国費を海外に援助しているが、笊に水の感なきにしもあらずで、
本当に飢えに苦しんでいる住民の手に届いているかどうか疑わしい。それよりも、現物を
支給して難民を救い、餓死寸前の乳幼児を救済し、国際親善に役立てたい。目的地の産油
国に到着後は、石油を購入して積み込み、日本に持ち帰ることだ。

コメの国、ニッポンであるにもかかわらず、コメについて正しい知識に欠けている人が
意外と多い。本書を通読されて、為政者は一日も早く、健全、合理的な食糧政策を確立され、
英断を以て実行に移してほしいものである。

平成五年二月十一日

満田久輝

集英社:「米、再考」コメは世界の主食です