こころじ~んブログ

『致知』連載第六回「日本の威信をかけた『イネ全遺伝子解読プロジェクト』」

『致知』連載中の村上和雄「生命科学研究者からのメッセージ」。              十二月号のテーマは「日本の威信をかけた『イネ全遺伝子解読プロジェクト』」

二〇〇〇年四月、村上は新聞のある記事に読んで大変なショックを受けます。そこには、アメリカの、ヒト・ゲノム解読で名を挙げたセレラ・ジェノミクスという会社が、「ヒト」に続いて「イネ」の遺伝子暗号の解読に乗り出した、とかいてありました。

村上は、その前年に筑波大学を定年退官していたのですが、「十八歳で大学に入学し、やっと六十三歳で卒業できた」「いよいよこれから社会人としての人生が始まるんだ」という期待に、胸膨らませていたといいます。まさに人生これからだ!と思っていた矢先に、突如として舞い降りてきたのが、「イネの全遺伝子暗号の解読」だったのです。

日本人の身体と精神には稲や米からもらった生命が受け継がれている、日本人のアイデンティティや日本文化を守るためにも、日本人の手によってイネの全遺伝子暗号を解読するのが筋ではないか、という思いが村上の心を揺さぶったのでした。しかし、村上は既に大学を退官していたので、研究の拠点はありません。そこで財団法人国際科学振興財団にバイオ研究所を設立しました。そして、政治家のところに研究予算獲得のため陳情に行ったと言います。ある政治家は、村上の話を聞いたうえで「予算を付ければアメリカに勝てるのか」と鋭く質問してきました。正直当時の状況からは負ける確率の方が大きかった。でも村上はとっさに「勝てます」と断言しました。この決心こそがあらゆることを動かしたのではないか、そう思えてなりません。

そして、村上の研究人生で、最も厳しいものとなったプロジェクトが始まります。心労で8キロも体重が減ったと言います。しかし、ついに2003年3月、世界に先駆けてイネの全遺伝子暗号の解読に成功したのです。その成果は科学雑誌「サイエンス」でも発表されます。その後、3万2千個のイネ遺伝子暗号は農水省が一括管理することになりました。日本はこれらを特許で独占せず、すべて公開したのです。

村上は、「神話から続く稲作の文化が日本人の遺伝子にしっかりと組み込まれているような気がしてならないでのす。私がイネの全遺伝子暗号解読に真剣になれたのも、そういった目に見えないものが後押ししてくれたように思うからです」といいます。プロジェクト終了後、伊勢神宮へ参拝した村上は、改めて稲作と日本の国づくりや日本文化との深い関係について思いを馳せたといいます。村上はこの研究を意気に感じ、筑波大学の退職金を全てイネ研究に寄付したそうです。その私心がないところに、天が助けてくれたに違いない、そう思えてなりません。