こころじ~んブログ

花緑の幸せ入門「笑う門には福来る」のか?~スピリチュアル風味~ 柳谷花緑 著

ご紹介します。

22歳で戦後最年少真打ちとなった落語家、柳家花緑。順風満帆にみえる彼には、実は学習障害があり、通知表は1か2、漢字が分からず本を読むこともできなかった。初めて本を読めたのは18歳。なぜかピンときた、幸せとは何かを問う本だった―。それ以来、落語家として活躍しながらも、独学で漢字を学び続け、幸せについて考え続けてきた。ある時「笑う門には福来たる」ということわざにそのヒントがあるのではないかと思い至り、本書の執筆を決意。自らの体験と、祖父で師匠の人間国宝5代目小さん、筑波大学名誉教授・村上和雄氏、故・小林正観氏など多くの人に支えられながら導き出した答えとは―。画期的な幸せ入門書!

書籍紹介⇒ http://www.takeshobo.co.jp/book_d/shohin/5530843

柳谷花緑さんといえば人間国宝・五代目柳谷小さん(永谷園のCMに出てましたよね!)の孫でエリート落語家さんです。戦後最年少で真打ちになったそうですが、実は小さいころ学習障害があったそうです。漢字が苦手だそうですが、落語はすべて聞いて覚えたのだそうです。「笑い」をテーマに書かれたこの本には村上和雄との対談が収録されています。この本は花緑さんの正直で飾らないお人柄が滲み出た、ちょっとスピリチュアルな視点からの生き方論が書かれていて、読むと、気持ちは前向きに、あったかくなります。ええかっこしい、のところがなくてご自身の迷いや、実践した中で気づいたことが素直に書かれています。あらためて、村上の研究テーマでもある「笑い」は、幸せの秘訣だと思いました。花緑さんの落語を聴いて大笑いしたいです( ◠‿◠ )!

見えない世界を信じることからすべてが始まる『致知』10月号

写真撮影:山下武

「致知」生命(いのち)のメッセージ連載第106回目の対談は、奈良県天理市に佇む日本最古の神社の一つ石上(いそのかみ)神宮の宮司、森正光氏と、日本人の神道的生き方について語り合っていただいた一部をご紹介いたします。
村上和雄の故郷天理市にある石上神宮は、武門の棟梁たる物部氏の総氏神として祀られてきたのですが、その歴史は「古事記」「日本書紀」に初めて神宮として名前が出てくる最古の神社だそうで、卑弥呼の時代の百年後くらいに物部氏がお祀りしていたとのことです。

森「神武天皇が東征して大和に来られた時に、熊野の軍勢の毒気に当てられて天皇以下軍勢一同が仮死状態になられてしまう。それを知って、高天原から建御雷神様(たけみかずちのかみさま)の剣『布都御魂(ふるのみたま)』が降ろされ、その剣を神武天皇がもたれた途端、熊野の軍勢はあっという間に討伐され、『私は何と長く寝ていたことか』とおっしゃられたというのが記紀にでてきます。そのときの神剣がお祀りされたのが石上神宮です。     

村上「その神剣は今も祀られているのですか」                    

森「ええ。現在も主祭神である布都御魂大神のご神体としてお祀りされています。石上神宮は古代豪族物部氏の氏神で、物部氏のご先祖は饒速日命(にぎはやひのみこと)という神様になります」

村上「いまは学校で神話を教えないから饒速日命と言われてもわからない人が多いだろうな

森「それはありますね。そもそもなぜ神武天皇が大和を目指されたのか。それは神武天皇が『日本の国で一番素晴らしいところはどこか』と尋ねられ、それに対して塩土老翁(しおつちのおじ)という神様が『ちょうど日本の国の真ん中で、青垣なす山々に囲まれた素晴らしいところがある』と答えられた。ただしそこには、すでに饒速日命が高天原(たかまがはら)から降りてきて治めていると。『そんなに素晴らしいところがあるのなら、私もそこに行ってみようではないか』ということから神武東征が始まるのですが、この話からも神武天皇以前から物部氏の遠祖となる饒速日命によって大和の国が治められていたであろうことがわかります」

村上「日本の歴史が持つ懐の深さを感じさせる話ですね」

森「神職のプロとして目指すべきところは宗教的人格を高めることです。神職にとって一番の仕事は神様に対する奉仕で、その次に来るのがお掃除すること。これも奉仕にあたるわけで、お掃除というのは格好良く言えば心の掃除でもあるんですよ。そういった神様に対する奉仕の姿勢を氏子さんたちが見られることで、自ずと氏子さんたちの中に私たちは守られているんだという意識が芽生えてくる」

「神道とは信じるか信じないかの世界であって、言葉を変えれば、感じる宗教であると。何となく境内に入って、「ああ、神々しいな。ここにはきっと神様がいはるんだ」といった感じです。私たち神職にとっては、見えない世界を信じることが何よりの役目だと言っても良いと思います。神様とか仏様にしてもそうなんですけど、目には見えない。見えないけど、実際にはいる。・・・信じることからすべてが始まる。・・・五感すべてで感じるようなものを持ち合わせていたいものですね。『古事記』『日本書紀』に記されている神話についても、そういった感覚で接することが大切なのではないかと思います」

村上「そもそも日本人の精神の中に、そういった神話の世界が生きていると思います。例えば、「おかげさま」という言葉がありますが、これは外国語には訳せない。外国人は「なんのおかげですか?」ときいてくるんですよ。でも我々にしてみれば、神様でもご先祖様でも、自分を少し超えたような存在を感じていればそれでいいんです。「おかげ」というのは影なんですね。表じゃない。これは陰と陽の世界にも通ずる話であって、現れた現象の後ろにあるものに対して、われわれ日本人は「おかげさま」という。それから「もったいない」という言葉も訳せないんですよ。単に「節約する」という意味ではなくて、そのものをつくってくれたひとへの感謝の念があらわされている。こういった日本の精神的伝統というのは、それこそ何千年と続いてきているわけで、そう簡単には消えるものではないと私は思っております。」

森「特に大和というのは、青垣なす山々に囲まれており、石上神宮から見渡してみると、二上山(にじょうざん)、大和葛城山(やまとかつらぎさん)、金剛山が連なり、三輪山(みわやま)もある。こうした雄大な景色というのは、かつて饒速日命や神武天皇も見られた世界であって、現代を生きる私たちもまた見ることができるというのはほんとうに素晴らしいことですよね。それだけにこういった自然をずっと先まで残していくこともまた、われわれの大切な役割だと思っております。」

お二人の対談を読んでいますと、不思議に自分が清らかで静謐な神社や森の中にいるような気持になりました。日本の神話の神々は現代にも生きていると感じます。そして日本人である私たちの中の深いところが感応するのではないでしょうか。